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中島らもが残したあまたの言葉

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僕に踏まれた町と僕に踏まれた町

参考書籍情報
・朝日文芸文庫
・1994年11月20日 3刷

書評を読む

中島らもの自伝。
幼少時代から大学卒業までの半生を振り返る。
P.94 「タナトス号に乗って」
僕は生きることにした。だからといって別に心を入れかえて頑張るつもりはない。あいかわらずいい加減なことをやっているのだが、それでもだらだらとではあるが、生きることにした。
 
P.143 「憧れのブータン」
僕は土地柄がどうだから楽園だなんて話は信じない。
そこに好きな人たちがいるところ、守るべき人がいてくれるところ、戦う相手のいるところ。それが楽園なのだと思う。
 
P.194 「浪々の身 3」
こうして生きてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。
 
P.213 「浪々の身11」
誰でも夢がつかめる。才能よりもむしろ持続する能力があればの話だが。 

P.230 「あとがき」
「人の命は地球より重い」とよく言うけれど、そんなものは嘘っぱちだ。地球の方がやはり重い。ただ、その人、およびその人を愛する人にとってみれば、地球なんてオレンジ一個よりも軽いのかもしれない。 要するに僕にはよくわからない。
 
 

訊く

参考書籍情報
・講談社文庫
・1999年5月15日 1刷

書評を見る

精神科、気功、ゲイ、釣りなど、いわば「無名人」の達人たちとの対談。
P.71 「精神科の達人」
まわり中、壁だらけ。窓もない。あるのはマイナー・ブルースだけ。
 
P.109 「広告の達人」
おっきい紙にブワーッと書いてると、端っこのほうで言葉がケッコンしたりしよる
 

しりとりえっせい

参考書籍情報
・講談社文庫
・1993年12月15日 1刷

書評を読む

お題をしりとりで決め、それにしたがって書かれたエッセイ集。
先にお題をざっと決めてしまったものだから、執筆時に知らないことだらけで青くなったという。 
P.33 「苦痛」
人間は、自分の行為に何らかの意義がないと根本的に耐えられないものなのだ。
 
P.17 「白雪姫」
人間の根源的感情に鉤爪をかけてぐいっと引っ張り寄せるような要素、つまり毒とか血とかエロティシズムとかをきれいに消毒したのが今子供たちに与えられている昔話なのだ。
 
P.225 「連帯」
いまだに誰かが「我々は」といった物言いをすると、「誰が”我々”だ」とムカムカしたりする。
 

中島らものたまらん人々

参考書籍情報
・徳間文庫
・1993年7月10日 10刷

書評を読む

初期中島らもの爆笑エッセイ。
エッセイのほかに新作落語と短編が2編収録されている。
P.40 「とろ~い人」
あ、おじいちゃん、そこでメディテーションしちゃいけない。ソバを湯に入れるんや!
 
P.77 「だいがくせえ」
大学の四年間にしたことといえば、泥酔することと、本を読むことと、ラリることと、セックス。この四つだけだった。
 
P.194 「バーゲン・ラプソディ」
ハァ、ハァ。暗い話で恐縮ですが、私の田舎は、土葬なんです
 

変!!

参考書籍情報
・双葉文庫
・1997年4月15日新訂発行

書評を読む

「変」をキーワードに世の変を笑う。
笑えるエッセイ集。
P.12 
いいかげんウンザリして周囲を見渡していると、たまに、ほんとうに変なものというのにぶつかることがある。たいていの場合、そうした変てこなものは、「目立ちたい」という広告の発想からはおよそ離れたところに突如として鬼子のように生まれてきたものだ。
 
P.85 「ケモノ扁の話」
これはホモにねらわれたな、とゾッとして目をあけると、横にいたのは「オオアリクイ」だった。
 
P.86
汽車の中でふと目をさますと自分の横に『オオアリクイ』がすわっていた、というような話に僕は目がない。
 
P.235
メソポタミアの風俗を調べていて我々が「変」だと思うように、千年後の人間が見れば実に不可解な世界に我々は生きている


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